睡眠環境学会 発表原稿 2
腹臥位補助具の心理評価
こちらは足利工業大学 小林敏孝教授、荒川一成講師との共同研究をし、第23回睡眠環境シンポジウムで荒川一成講師が発表いたしました。
腹臥位補助具の有効性と使用感について
1.はじめに
日本は長寿の国であると同時に高齢化社会である。高齢化が進み、脳卒中や、パーキンソン病、慢性疾患にかかったあと寝たきりになってしまう人が増えている。寝たきりにならないための療法の一つとして「腹臥位療法(Prone Position Therapy)」がある。腹臥位療法とは、うつ伏せになって、手のひらを下にすることにより、脳の視床下部に刺激を伝え、寝たきりにならないようにする療法で有働尚子医師によって提唱された。この腹臥位療法は、脳血管障害(脳梗塞、脳出血など)、パーキンソン病などにかかって寝たきりになっている人、または寝たきりになりそうな人にとって有効となる。その他、高齢になるにしたがって、いろいろな慢性疾患の影響で、食べることや、排泄機能、手足の機能が衰え、人と話すことや移動することも困難になった人などに有効である。
本報では、腹臥位の姿勢維持を補助する腹臥位用補助具を試作し、その有効性と使用感について報告する。
2.腹臥位療法について
腹臥位療法の有効性は有働尚子医師(VITA臨床生命学研究所々長)によって1998年に提唱された。それを機に有働尚子氏、川嶋みどり氏(日本赤十字看護大学教授)、日野原重明氏(聖路加国際病院院長)らが「腹臥位療法推進研究会」を結成し、老人福祉、医療界に新風を吹き込んだ。
ヒトの進化の過程は妊娠してから母親の体内における成長の過程に再現されている。また誕生後1~2歳にかけて霊長類の進化の過程を再現している。ヒトの赤ちゃんが最初に動くとき四つん這いになって移動する。そのとき足の裏、掌(手のひら)が刺激され脳の発達に寄与し、やがて立位し、二本足で立ち、ヒトとしての進化の過程を再現している。集団生活を学び、自然の働きを学び、歴史を学んでヒトとなる。やがて老いて身体能力が落ちて寝たきりになると足や手からの刺激も無くなり、脳の働きも鈍り、さらに仰臥位で寝る時間が増すことによって、内臓の血液は背面にうっ血し、内臓は弱ってくる。肺には老廃物がたまりやすく、肺炎になりやすくななる。そこで腹臥位になると、まず仙骨付近の褥瘡が直り、痰が出やすくなり、排便も良くなり、気持ちも良くなる。このとき掌は床につき、掌の刺激で脳の活性化が見られ、仰臥位より脳波はα波およびβ波とも増幅し大脳の活性化が認められた。高齢者においても大脳機能の活性化する可能性があることが示唆された。腹臥位療法は認知症の予防と改善にも役立つとされる1),2)
3.腹臥位用補助具(まくらとマット)の試作
3-1. 腹臥位姿勢の問題点
ヒトの寝姿勢を大別すると仰臥位、右側臥位、左側臥位、腹臥位の四態が考えられる。入眠時の寝姿勢は、日本人のおよそ50%弱が仰臥位、左右合わせた側臥位は50%弱、そして腹臥位は数%と言われている。このように、ほとんどのヒトは腹臥位には不慣れであり、また次のような問題から抵抗があるようである。
1)顔を横にしないと呼吸ができない。
2)首、肩が痛い。
3)腰が伸びきり、腰痛になりやすい。
4)尖足(足が伸びきる)になりやすい。
5)腹式呼吸ができない。
3-2. 製作
上記の問題点を検討し、次の項目について考慮した。
1)呼吸が容易にできるように頭部(顔面)を持ち上げる。
2)同様に腹部を持ち上げる。
3)マットは胸部、腹部に加わる体圧を減らす構造と
4)腹臥位用まくらは、呼吸がしやすいだけでなく鼻水や痰の処理が出来るようにベッド面より高さを上げる。
以上の点を考慮した上で、さらに使用上次の点を考慮した。
1)鼻水や痰の処理がしやすいように顔面に触れることができる。
2)女性用マットについては、胸部(乳房のあたり)を凹ませる(写真2)。
3)まくら台がシーソー状に可動する(写真3)。
4)腹部も腹式呼吸が出来るよう凹ませる。
5)硬すぎると接触部分が痛くなり、やわらかすぎると高さの維持が出来ないことから、全体の硬さについては使用者に合わせ吟味する。
4.使用感の評価方法
被験者は健康な男子大学生20名とした。次の3条件で10分間の腹臥位姿勢を維持し、終了後すぐに所定の質問紙に回答することを課した。評価方法は一対比較法を用いた。なお、実験室環境において実施し、高さ約50cm)上に補助具を設置して行った。
条件1 腹臥位用まくら・マット無し(写真4)
条件2 腹臥位用まくら・マット使用(写真5)
(腹部マットの高さ11cm)
条件3 腹臥位用まくら・マット使用(写真6)
(腹部マットの高さ13cm)
(写真4,5,6. 省略)
使用感の評価は次の項目に関して行った。
1)息(呼吸)のしやすさ
2)快適さ
3)首(頸部)の痛さ
4)胸部圧迫感
5)腹部圧迫感
6)安定感
5.結果
腹臥位補助具の有効性を検討するために、3つの条件での使用感に関する評価実験を行った。サーストンの一対比較法による結果を、
ア. 息(呼吸)のしやすさ(表1、表2、図1)、
イ. 快適さ(表3、表4、図2)、
ウ. 首(頸部)の痛さ(頸部に痛みが生じないこと)(表5、表6、図3)、
エ. 胸部圧迫感(圧迫感がないこと)(表7、表8、図4)、
オ. 腹部圧迫感(圧迫感がないこと)(表9、表10、図5)、
カ. 安定感、(表12、図6)
について、それぞれの評価項目について、回答数、評価点を示す。
5-1. 息のしやすさ
表 1 回答数(息のしやすさ)
- | 条件1 | 条件2 | 条件3 | 回答数 |
条件1 | - | 10 | 4 | 14 |
条件2 | 30 | - | 20 | 50 |
条件3 | 36 | 20 | - | 56 |
表 2 評価(息のしやすさ)
- | 条件1 | 条件2 | 条件3 | 評価 |
条件1 | - | -0.675 | -1.282 | -0.978 |
条件2 | 0.674 | - | 0.000 | 0.337 |
条件3 | 1.282 | 0.000 | - | 0.641 |
図1 息のしやすさ
快適さ、首の痛さ、胸部圧迫感、腹部圧迫感、安定感・・・回答数、評価の表(表3~12)、図(2~6) 略
6.考察
腹臥位療法の補助具として試作した腹臥位用まくらとマットの使用感を検討するために、20名の被験者に対し腹臥位用まくらとマットの組み合わせを使用しない場合(条件1)と使用した場合(マット高11センチメートル・条件2)、マット高13センチメートル(条件3)の比較を試みた。その結果、表13に示す評価を得られた。
表13 3条件に対する評価
条件1 | 条件2 | 条件3 | |
息のしやすさ | △ | ◎ | ◎ |
快適さ | ○ | △ | ○ |
首の痛さ | △ | ○ | ◎ |
胸部圧迫感 | △ | ○ | ○ |
腹部圧迫感 | △ | △ | ◎ |
安定感 | ◎ | △ | △ |
(◎:特に良い ○:良い(普通) △:悪い)
息のしやすさ、首の痛さ、胸部圧迫感については、一般のマットレスだけで腹臥位になるよりも、腹臥位用補助具を使用した方が高い評価を得ることができた。補助具を使用しない場合には、腹臥位になる時のマットレスあるいはふとんの状態、いわゆる硬さが大きく影響してくるために長時間の腹臥位姿勢は苦痛をともなうことが考えられる。また、条件2の腹部圧迫感が悪い結果を示したことについては、おそらく腹部マットのくぼみの面積か深さが不足していた可能性が考えられる。また、補助具を使用した場合の安定感に悪い評価が示されたことについては、畳に敷いたふとんでなく、それよりも高さのあるベッド上での実験であったことから、ベッドの高さに補助具自体の高さが加わってしまったことにより、安定感は低いほど良いという評価につながったものと考えられ、快適さの評価にも影響した可能性が考えられる。このことから、腹臥位用補助具を畳の上に敷いたふとんで使用した場合とベッドで使用した場合とでは使用感といった心理評価に差異が生じる可能性がある。さらに、条件2と条件3では補助マットの高さにあわせて腹臥位用まくらの高さを変えていることから、腹臥位用まくらとマットの高さの関係も考慮する必要がある。以上の結果、改善の余地は残されるが腹臥位用補助具の有効性は十分あると考える。
参考文献
1)有働尚子:低ADL(高齢)患者に対する腹臥位療法のすすめ, 看護学雑誌, Vol.63(11), pp.1004-1015, 1999.
2)小板橋喜久代, 柳奈津子, 前田三枝子:腹臥位が大脳機能に及ぼす影響についての研究-脳波の周波数解析による検討- , The Kitakantou Medical Journal, Vol.50, No5, pp.431-437, 2000.